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第4章  第1節 「排英排ソ」のち「排日」

第4章 満州事変で騙される日本
第1節 「排英排ソ」のち「排日」


1922年(大正10年)から翌年にかけてのワシントン会議 (Washington Naval Conference) のことです。
の重鎮であるフランスの アリスティード・ブリアン (Aristide Briand)外相が会議参加者全員に問いかけます。
「What is China?」
誰も答えられませんでした。

本章では「言い訳の出来ない日本による侵略」だと指弾される事が多い満州事変を扱います。
1931年(昭和6年)に勃発(ボッパツ)した満州事変に関しては、
所謂(イワユル) 保守派の論客ですら「侵略」と認めてしまい実に困りものなのですが、
その人たちは「What is China?」に対して
考えなしに「満州は中国固有の領土だ」と答えてしまうという共通点があります。
あります。




 中華民国は、清朝の領域が我が領土だと主張します。しかしまったく実態を伴わず、
首都の北京周辺でさえ常に内戦を繰り返す無法地帯です。
北京周辺を地盤とする軍閥政権に対し、孫文一派は広東を地盤に何度も武装蜂起を繰り返します。
お互いが「中華民国政府」を名乗るという分裂状態です。
各省ごとに軍閥が割拠し、まったくまとまりがありません。まず、中央政府が存在しない状態なのです。


 周辺諸民族にしても、チベットはイギリスの、モンゴルや北満州はソ連の、南満州は日本の勢力圏です。


満州から北京近辺にかけては、馬賊上がりの軍閥・張作霖が支配していました。
張作霖は事あるごとに日本に助けを求め、お人よしの日本はそれに応じ続けてきました。
日本としては、誰でもいいから居留民の安全と財産を保証してくれる政府があればよかったのです。
またソ連が満州に入ってくるような事態は避けなければなりません。


ところが、外交音痴のアメリカ人が話を拗(コジ)らせます。
ウッドロー・ウィルソンが現職大統領のときに「民族自決」を全世界に呼びかけ、
これを本気にした漢民族が「中華ナショナリズム」を唱えて日貨排斥運動を起こしたのです。
排斥とは普通は「不買運動」の意味ですが、
中国では「外国製品を売買した店を破壊し、売ったり買ったりした人間をリンチにする」という意味になります。
しばしば外国人も巻きこまれました。


 ちょうどイギリスの植民地から抜け出そうとしていたインドのガンジーが「非暴力不服従」を唱え、
その平和的姿勢が国際的に知られていたので、
中国人も平和的な運動で列強の搾取から抜けだそうとしているという姿勢をアピールしたのです。
東洋の事情をよくわからないアメリカ東海岸のメディアは、
この「ボイコット」の実情をまったく知らずに中国人の言い分を本気にしてしまいました。


 こんなとんでもない人たちを隣国に抱えて、日本こそ大迷惑です。
当時、唯一の元老だった西園寺公望の執事をしていた熊谷八十三という人物がいます。
熊谷は日記に「もしこの世に支那と赤色ロシアがなければ世界はどれだけ平和だろうか」と書き記していますが、まったく同感です。熊谷は東大農学部を出た庭いじりの名人で、尾崎行雄東京市長がアメリカに桜の木を贈ったときに、植えにいったという人物です。政治のことはよく分からなかったようですが、この当時の日本人の庶民感情をよく表しているでしょう。

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